大森歯科大学

大阪市中央区本町 大森歯科医院
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 〜明日の夢ある歯科を語る〜
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復興
 みなさん、こんにちは。大森です。


みなさんはお盆休みなにをされましたでしょうか?


私は東北に行ってきました。


旅行なのですが、単なる旅行ではありませんでした。



2年半まえのことです。

当時治療途中だった当院の患者さんは道路関係の企業にお勤めでした。



そうです。

東日本大震災があったのです。

その患者さんは、ほどなくして仙台に転勤になりました。



「これはしばらく帰ってこれないだろう・・・・・」と思い、仮歯をメタルでつくり、そして仮歯を合着セメント(最終的なセメント)でつけました。



その患者さんから最近連絡がありました。

治療の続きがしたいと。



お口の中を拝見すると、あそこまでしっかり固めた仮歯たちは、あるものは外れ、あるものは壊れていました。

しかししっかりと準備していなければもっとひどいことになったでしょう。

すこしホッとしました。



そしてその方から東北の被災地の現状をお聞きしたのです。


「まだまだ復興していない。やっと片付けが終わっただけだ。町が元通りになるには10年かかるだろう。いや、町がそこに戻るかどうかすらわからない・・・・。」


そのお話しを伺って、自分の目で見てみたいと思いました。


しかし不謹慎ではないか??


その方が教えてくださりました。

「行ったほうがいい。不謹慎なことはない。被災地の人たちが一番恐れているのは、忘れられることだ。是非行ってください。」



仙台空港から入り、東北自動車道を北上し、気仙沼に向かいました。



気仙沼は港付近が何もなく、ビルも崩壊していました。


ああ、限られた地域だけの被害だったのか・・・・。と思い南へいどうするととんでもない。その付近も何もなくなってしまっていました。




次に南三陸町に向かいました。


ここも・・・・・。





なんにも無い・・・・。



ただ更地になっているだけじゃないか。


やっと瓦礫がなくなっただけじゃないか。





防災対策庁舎だけが残されており、他はなにもない。


むこうではダンプとショベルカーがひたすら廃材と土砂を整理していました。



南三陸町と同様に大きく被災したのが、その南にある女川町でした。




ビルが引き潮で倒されていました。


ここも更地になっただけです。




1mmほど地盤沈下したため満潮時には浸水するとのことです。

なのでいままずは岸壁をつくっているそうです。


道路も仮設です。


ゆくゆくは道路を5mmの高さでつくり、そののち岸壁を15mmまで上げるとのことでした。


しかし女川町は、最大30mmまで津波が上がったそうです。




湾の入り口が広く、奥が狭くなっている地形のために、町を襲った津波は25mm位まで上がったそうです。


この写真を撮っているのも病院のある高台でしたが、高台に建っている私の身長より上に津波は達したようです。



こののち松島・仙台と訪れましたが、どこも復興の過程といった感じでした。


まだまだこれから。

復興慣れや復興疲れといった言葉をよく聞きましたが、我々は継続して復興に努めなければならないのです。



私のできることは、現地に赴き、現地の人達の話を聞き、現地でお金を使い、そしてこのようにして多くの人に現状を伝えることだと思っています。


また皆さんも機会があれば現地に赴いてください。






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